アトランティスの心

Kちゃんは、小さいころ、宇宙人の死んだやつを見たらしい。
土手の上に、サルぐらいの大きさでピンク色でぬめーっとしているやつが、横たわっていたらしい。彼は怖くて走って家に逃げた。そして吐いたんだったっけ。いやそれは兄の話か*1
家についてしばらくすると、Kちゃんの恐怖心も次第に軽くなっていき、相対的に好奇心のほうが重くなったのだろう。彼は、ふたたび現場に向かった。だが、そこにはもう〔それ〕はなかったそうだ。
彼は、それを、《仲間がやってきて死体を回収していった》と解釈している。
残念ながら、俺にはそういう不思議な記憶はない。俺の場合、思い出すのは女の子のことばかりだ。
Nちゃんとのデートはいつも徳川園だった。徳川園までは歩いていった。かなり遠い。小学校2年生の子どもが歩いていけるぎりぎりぐらいのところだろう。そんな遠いところまでいっていたのは、彼女がその近くでバレエを習っていたからかもしれない。
でも、いつもFがいた。FもNちゃんのことが好きだったのだと思う。でもNちゃんは俺のことが好きだったらしい。Nちゃんは俺のためだったら「裸になってもいい」と言っていたそうだ。これらはFからの伝聞である。
だからと言って、裸になってもらったわけではない。念のため。なんせ、小学校2年のときのことなのだ。
Fちゃんとは家もわりと近く、よく遊んだ。女の子の友達の中では一番よく遊んだかもしれない。
いつものように、Fちゃんの家の中で走り回って遊んでいるとき、俺はFちゃんの縦笛(ソプラノ・リコーダ)を見つけてなにげなしに吹いた。そのときFちゃんがとても怒ったのが、印象に残っている。Fちゃんは俺のことが好きだと認識していたし、人の笛やハーモニカをちょこっと借りて吹くぐらい男同士ではごく当たり前のことだったので、何がそんなにいけないのか俺にはわからなかった。
Mちゃんはとても整った顔立ちの子だった。あるとき学校の帰りにYちゃんが「Mちゃんのこと好き?」と聞いてきた。俺は「そうだ」と言ったのだろう、つづけて「かわいいから好き?」と聞かれたから。今なら「それだけじゃない」と言うところを、たぶん俺は「そうじゃない」と答えたと思う。そのあと、「『かわいいから好き』というのはMちゃんいやなんだって」とYちゃんが言った。それで、「Mちゃんはかわいいから、よく『かわいいから好き』って言われるんだろう」と思った。
6年生のときだと思う。そのMちゃんと、近くの空き地で暗くなるまでブランコに乗っていたことを覚えている。そこは今では公園になっているが、当時はまだ空き地というべき段階で、お義理に鉄棒と砂場だけがあった。ブランコとは、その鉄棒に、近くの陶器屋でもらってきた荒縄を結わえて、その端に、近くの魚屋のトロ箱置き場からかっぱらってきたトロ箱をぶっ壊して得られた板を取り付けたものである。荒縄を切るにも、落ちている磁器の破片をつかっていた。
そこは子どもたちのたまり場みたいなもんで、いけばきっと誰かがいるという場所だった。だが、そのときは、俺たち2人しかいなかった。はじめは鉄棒をやっていた。Mちゃんのパンツが見えると、どきどきした。そしてそのあと、ふたりで、お手製のブランコに揺られ、夕焼けを見た。「明日もこうやってふたりで夕焼けを見たいね」みたいなことを言っていた、と思う。ずーっと見ていた。かなり暗くなるまでそうやっていたと思う。子どもながらに、かなり幸せな気分だった。
だが、2回目はなかった。そこはやはり、子どもだから。
アトランティスのこころ」のせいで、俺のアトランティスの心が浮上してきてしまったではないか。ああ、もう、きりがない。酔っ払ってたら泣いているかもしれない。

*1:兄の大学はキャンパスが旧日本陸軍の練兵場跡にあり、生協の食堂は元兵舎。俺も行ったことがあるが、レンガ造りで天井が高くて暗かった。兄がそこで夕飯を食って外にでると、兵隊の格好をしたやつが敬礼して立っていたそうだ。兄は怖くなって走って下宿に逃げ帰り、恐怖のあまり嘔吐したと言った。だが、俺は、飯食ってすぐに思いっきり走ったから気持ち悪くなったんだと思う