「イギリス個人主義の起源 家族・財産・社会変化」 ★★★★★

イギリス個人主義の起源―家族・財産・社会変化

イギリス個人主義の起源―家族・財産・社会変化

久しぶりにハードな本を読む。が、こんなつまらん(そうな)本を1週間程度で読むことができたというのは、それなりに面白かったということなのだろう。前々回の「拒否できない日本 アメリカの日本改造が進んでいる」(関岡英之 著)*1つながりである。
本の中にも書いてあったが、[起源]という言葉には2つの意味がある。ひとつは〔いつ始まったか〕であり、もうひとつは〔なぜ始まったか〕である。
俺としては、とくに後者に興味があったのだが、結論を言ってしまうと(どうせだーれも読まんでしょう)それは謎である。まるで川口浩探検隊(ふる〜)みたいなもんである。川口浩を知らん人には「CMのあと衝撃の事実が!!!」みたいなもんだと思ってもらってもいいでしょう。でも、[追記]の中で、筆者自身もそのことについて書いてて好感がもてたよ。
全体の99%以上は、前者の意味での[起源]をさぐる過程である。まず、〔土地の個人所有の始まりが個人主義の始まり〕という考えが前提となっている。そして、イングランドにおいて、小農(ペザント)社会はいつ終わったか(あるいは果たして小農社会があったのかどうか)、いいかえれば、土地の家族(世帯)所有(保有)はいつ終わったか、さらにいいかえれば、土地の個人所有はいつ始まったか、ということをさぐっていく。
まず小農社会とはどんなものかを述べられ、次にマルクスウェーバーらによる一般的な(従来型の)見解が提示される。それによるとイングランドも16世紀〜17世紀ぐらい転換点があったという感じなので、次の章から、17世紀から過去にむかってイングランドがどんな社会だったかを調べていくのである。
ところが、16世紀も15世紀も14世紀になっても、どうも小農社会だったとはいえなさそうなのだ。どんどんさかのぼって、ついに、13世紀になっても小農社会とはいえない証拠がでてくる。が、マナ裁判所記録が残されはじめるのは13世紀後半かららしいので、小農クエストもそこで行き止まりとなってしまうのだった。
論文や文献の引用ばかり、しかも似たようなもの(著者の見解を支持するおよび対立する見解双方の)がこれでもこれでもかとでてくる。ゆえに、夜ベッドで読んでいてそのまま眠ってしまい、本を落としてしおりがはずれると、翌日「さてつづきにとりかかるか」と思って前回どこまで読んだかさがしても、なかなかそこが見つからない、という事態におちいる。見当をつけて読み始めると、それがずいぶん前に読んだところだったということもたびたびで、ひょっとして俺はこの本を2まわりほど読んでいるのかもしれない。いや、ふつうに読んでも意味のわからない(たぶんに日本語の構造に起因すると思われる)文章が多くて、なんどもくりかえして読んでたから、ひょっとして5まわりくらい読んだことになるかもしれない。
著者はこの本の中で、「証拠がないからといって事実がなかったとはいえない」みたいなことを書いている。いい言葉だ。
さて、読んでいて、ある意味、わが家は「小農層(ペザントリ)」に属するのではないかと思うのであった。育った家は、3世代同居だったし、あるときまで未婚の叔父も同居していた。土地も家もいちおう親父の名義になってはいても、俺は子どもながらに家族みんなのものだと思っていた。親父の所有物とは思っていなかった。今でもそうだ。このPCだって自分のものとは思っていない。電話だって冷蔵庫だって電子レンジだって、TVだってソファだって、家にあるものはたいがい自分のものではなく家族のものという感覚だからね。